文化の殿堂を掲げた神戸新聞会館には、ほかにもさまざまな施設や店舗がありました。(3)はその思い出をまとめました。習い事の発表の場、時代の先端をいくレジャー、文化活動。コレクション…。人生のオアシスと感じていただいた方も少なくありません。

【晴れ舞台】

夏休みのピアノ発表会、ドキドキ私が輝く一日

山本 理恵(垂水区・62歳)

夏休み8月最後の日曜日、と言えばイコール、小学生だった私にとって神戸の中心地、三宮の繁華街にでんと立つ、大きな新聞会館でのピアノ発表会の日。それはちょっとカッコいい大人になった気分を味わう特別な一日でした。

会館が近づいてくると目に入る壁画の〝富士山〟

いよいよ足元から巨大なそれを見上げるとここは〝日本一〟の所だと緊張感が沸き始め、今なら武道館ライブ!というぐらいのスゴイドキドキと〝私輝く?一日〟が展開したKCCホール! 誕生から70年と知り、今改めて当時ご指導下さった先生が、小さな子供にも神戸の歴史と共に歩む最高の舞台で演奏する経験を積ませて下さったことに感謝です。

(写真)KCCホール行われたピアノ発表会(山本理恵さん提供、1977年)

 

書道師範の審査会、毎月通い免許状

片山 鐸風(西区・63歳)

新聞会館と言えば、「皐龍書道院の審査会場」です。

同院で師範の免許を頂き、新聞会館最上階の会議室で平成元年に、故永田鶴風先生から手渡しで木製の免許状を頂き、毎月1回足を運んで審査会に行っていたのが印象深いです。

審査会もさることながら、少し早めに1フロアー下のKUCに行ってランチを食べるのが、これまた楽しみでした。大先輩は、ここのドライカレーが大好物でしたし、昼間っから水割りを飲んでいた大先輩もいました。

審査会が半ばになるとKUCから出前のコーヒーを出して貰い、美味しく頂きました。

同会の宴会では「金龍閣」もよく使いました。

JRの駅から見える富士山の絵は子供時代の思い出です。

 

新聞会館前の広場でお祝いのダンス

茶谷 和子(東灘区・84歳)

私は幼い頃から神戸新聞はなじみがあります。引っ越してしばらく朝日新聞にしましたが、今でも神戸新聞! 新聞会館の思い出としては摩耶小学校の5年生か6年生の時、白いワンピースの運動着を着てダンスをした覚えがあります。その頃新聞会館の前は何もなく広場でした。確か「みどりの広場」と言っていたと思います。そこでお祝いをして記念のダンスを踊りました。何の曲だったか…。

会館の思い出としてはデートに映画に行ったり、秀味街で食事をしたことでしょうか。私の長男が灘区の長峰幼稚園に行っている時、JR三ノ宮からそごうへ向かう歩道橋の渡り初めに参加したことです。もう私も84歳になり記憶も定かではありません。字を書くことも…。

三宮は大きく変わりつつあります。元気に新しくなった神戸・三宮へ自分の足で歩いて散策してみたいと思っています。どうか素晴らしい神戸・三宮であってほしい。神戸新聞会館もその場でドーンとしていてほしい。私はいい時に生きてきた、本当にそう思います。

 

 

【人生の楽しみ】

バイト、映画、カフェ…人生のオアシスでした

今崎 良平(垂水区・88歳)

1957年から4年間地元の神戸で大学生活を送った私には神戸新聞会館での様々な思い出がいっぱいです。会館内の神戸新聞本社の見学や夏休みにはマーケティング部でのアルバイトで多くを学びました。大劇場で映画やコンサートを楽しみ小ホールを借りて学生の音楽会などを開きました。地下のレストランやカフェ、理髪店も懐かしい。一階の旅行代理店には卒業旅行でお世話になりました。

社会人になってから会館の上層階にボウリング場ができて休日にはよく行きました。また私たちの大学の同窓会本部があって最上階の中華料理店で会食をしました。会館内でのこんなに沢山の場所での体験は私の心のふるさとまた人生のオアシスだと感謝しています。

 

ボウリングに映画、青春を謳歌

齊藤 栄子(東灘区・79歳)

若いころ職場がセンター街だったので、新聞会館にボウリングしたり、映画を観たりと職場の人たちと行っていました。3ゲームぐらい投げたけど点数は手書きで楽しかったなぁ。帰りはミュンヘンでから揚げと黒ビールで盛り上がり。入口で大きなオウムが迎えてくれ、コンニチワ、コンバンワ、オジサンと。今も中は変わらず健在ですね。

 

KCCピアノレッスン、帰りにボウリング場見て心躍らす

山本 敏子(東灘区・66歳)

幼稚園のときにKCCの音楽教室(グループレッスン)に母と一緒に参加、1年生からはピアノの個人レッスンに2年ほどですが1人で通っていました。なぜかエレベーターは使わずにピアノのレッスンの帰りに階段を利用してボウリング場のある階で足を止め「私も大きくなったらボウリングに来よう」とながめていました。約60年前の懐かしい記憶です。懐かしくて胸がキュンとなります。

 

料理やヨガ教室にも通い映画も堪能

角山 順子(東灘区・66歳)

スカイシネマや大劇場でたくさんの映画を見ました。学生時代、クッキングスクールに通って、料理を習いました。ヨガの教室にも母や友達と通いました。富士山のタイル画が懐かしいです。

 

切手収集に熱中、ワクワク感今も

米原 壽男(灘区・71歳)

「新聞会館」で思い出すのは1階中央近くにあった、切手・コインを扱う「三宮スタンプ」という店です。小中学生の頃、今から60年前ですが、空前の切手ブームで友達や弟とよく通いました。休日に行くので、店はいつも人だかりがして賑わっていました。

同年配が私の小遣いではとても買えない切手を買っているのを見てうらやましく思い、また大人が切手をシート単位で買うのを見て驚いたものです。ブームが下火となり、行く頻度は減りましたが、その後震災で建物がなくなり、寂しく残念に思いました。「新聞会館」と言えば、今でもあの頃のワクワク感が鮮明によみがえります。

 

おしゃれ心に火がついた

江木 映子(須磨区・78歳)

両親が大の映画好きだったのでよく映画に連れていってもらった。新開地や西神戸で観ることが多かったが、たまに三宮の阪急会館や新聞会館に行くこともあり、その時はこども心に晴れがましい気持ちであった。

中でも懐かしい新聞会館の二つの映画館。60年以上前のこと、私たちが新聞会館1階でチケットを買い、すぐ横の狭い階段を上がっている時だった。下の方から笑いさざめく声、軽やかな足音がして、私たちの傍を二人の少女が駆け上がっていった。グレーのケープを翻し、エンジ色のベレー帽を小粋にかぶっていた。二人とも全く同じ格好。双子さんなのだった。茫然と見送った私だったが、小劇場に着くころには一大決心をしていた。

私もこれから「おしゃれさん」になろうと。6年後、18歳になった私は神戸の短大に進学し、入学式でその双子さんを見つけたのだった。

 


(写真)神戸市内初の本格的なボウリング場で、ブーム時には2、3時間待ちだったという(神戸新聞社提供)

 

 

(4)へ続く