2026.05.03
「私と神戸新聞会館の思い出(1)~富士山壁画~」
NEWS
旧神戸新聞会館70周年にちなみ、多くの方から思い出のご応募をいただきました。エッセンスを5月3日付神戸新聞で掲載させていただきました。採用させていただいた手記の全文を全5回にわたりご紹介させていただきます。
神戸新聞会館のみならず三宮の象徴ともいえるのはビル北側にあった富士山壁画です。(1)はこの壁画にちなむ思い出です。市民に安らぎと安堵感を感じていただいた印象深い壁画でした。
【富士山壁画】
(写真)富士山壁画は遠くからでも見え、印象に残る人は多い(1961年)神戸新聞社提供
本物の富士山を見て、新聞会館壁画思い出す
田坂 美代子(明石市・75歳)
震災前の三ノ宮駅は富士山の見える駅だった。電車に乗って出かけると、新聞会館の富士山を見て、あぁ神戸に帰ってきたと実感した。
めったにない「お出かけ」で見る富士山は、子ども心に特別な日の象徴だった。長じて新幹線から本物の富士山を眺めると、その美しい姿に神戸の街も思いだされるのだった。
後期高齢者になって心に残っているものが美しく、楽しいものであることはありがたいことだ。というよりは残したくないものは残っていないのかもしれない。
震災で友人は母を亡くした。私の知っている神戸は壊滅し、お出かけの象徴であった富士山もなくなった。けれどあの日も神戸新聞は発行され、今朝も我が家に届いた。明日も半世紀後も、そうであって欲しいと願う日々である。
待ち合わせ場所は「富士山壁画の下」
田谷 則子(兵庫区・80歳)
私はJR神戸駅近くで生まれ育ちました。通学、通勤の移動手段はもっぱら市電でした。JRを利用した時に気付いた亊は、主たる駅にはそれぞれの駅と分かる景色が必ずあることでした。神戸駅は湊川神社、明石駅は城前面のお堀、姫路駅は大手前通りの先の姫路城。そして何と言っても一番は三ノ宮駅です。神戸新聞会館の大きな富士山の姿を見ると、東西どこから戻ってきても「あ~神戸に帰ってきた」とほっとしたものです。駅の乗降のみならず、学生時代、お勤めの時代の待ち合わせ場所に「富士山の下で」が通じたものです。会館の舞台で一度だけ「兵庫木遣り音頭」を町内の皆様とご一緒に踊ったのも忘れ難い記憶の一ページです。1995年の大震災が懐かしい建物を壊してしまいました。
壁画の富士山、いつまでも心に
新家 直子(丹波篠山市・87歳)
神戸新聞会館の写真を見て私が知って50年くらいたちますが、忘れることのできない建物です。初めて神戸に行った時、大きな建物が目に入ってきたのは巨大壁画「富士山」。えっーとびっくり。富士山なんか見たことないので、なんときれいな山‼とびっくり。その後神戸に行くと目に入ってくるのでそれを目安にあちこちへ。今も神戸にいくと建物が変わってミント神戸になっていますが、私の頭には昔の「富士山」が残ってます。その当時目当てにしていても変わっていることがあり、でも神戸新聞会館があるからと、心丈夫でした。若い頃の記憶は何故か老いてきても頭にしみついているのか、思い出してくるものです。今は今様でいいんですが、少し寂しい感じがします。
富士山壁画を使って「神戸市民鼻高クイズ」
齋藤 敏子(須磨区・80歳)
「富士山が南に見える国鉄の駅はどこ?」
山一証券の広告壁画は、私たち神戸市民の少し〝鼻高?クイズ〟でした。ご縁あって神戸新聞マーケティングセンターでお仕事させていただいていた若き日。8階金龍閣でワンダフルコウベの打合せ、全国の新聞から広告を切り抜き分別。今も新聞切り抜きは私の楽しい日課です。9階の図書館では、心の師となる著書にも出合えました。事務所の窓から見える国鉄三ノ宮駅、特急しおじ号。「いつか乗って旅に出たい」と憧れたものです。さんちかができた頃、同僚とあみだくじ。つっかけで買い出しに出かけました。
思い出いっぱいの新聞会館70歳、おめでとう。
さだまさしさんも富士山壁画語る
越智 長英(垂水区・65歳)
さだまさしさんがコンサートで語っていました。東京〜長崎間を夜行列車で往来していた頃、神戸新聞会館の富士山の壁画を見るとようやく神戸にたどり着いた、あと半分!と思ったそうです。
夕日に照らされる壁画の美しさが秀逸
旗谷 明宏(長田区・91歳)
地味な神戸の表玄関、国鉄三ノ宮駅の目の前に、こつ然と文化の殿堂、神戸新聞会館が、北壁いっぱいに富士山の巨大壁画を背負って出現した。当時私は大学への登下校に、阪急電車の車窓を通して4年間、おそらく800回以上拝観してきた。富士山はサクラの花同様、日本人にとっては特別の山。気象条件によって変化する姿。とりわけ冠雪の素晴らしい気品あふれる岡田紅陽の最高傑作といわれている。夜間のライトアップも良いが、夕日の光の移り変わりに見とれる瞬間が秀逸‼ 阪神・淡路大震災で消滅するも、私の目と心には一生焼き付いて、永遠です。
昭和33年4月念願の御社に入社。感謝。
(写真)ポートライナーが開通後の富士山壁画(1981年)神戸新聞社提供
(2)へ続く









