戦後復興をなしとげ、人々の暮らしは大きく変わります。(2)はその代表ともいえる映画とビアガーデンにまつわる思い出を集めました。大型スクリーンによる映画から感動を味わい、ビアガーデンは人と人を繋ぎました。

【映画館】



(写真)正面には7階スカイシネマと3階大劇場の上映映画を大々的に掲示(1962年)神戸新聞社提供

 

映画に感動し求婚、ほろ苦い思い出

橋本 秀治(明石市・74歳)

 私は神戸新聞会館が誕生する5年前に、そこからすぐ東側の下町で生まれ育った。小学4年生で転居したが、物心ついた頃から神戸新聞会館は、私の遊び場の一つであり、その後も度々訪れ、思い出がいっぱいある。

20歳の時、一つ年下の彼女と大劇場であの名画「ポセイドン・アドベンチャー」の封切りを見て感動し、初めて手を握った。帰り道、会館の入り口で思い切ってプロポーズしたら「はい」と答えてくれた。

しかし人生は「山あり谷あり」のごとく、私の恋はポセイドン号のように沈んだ。

そんな「かけがえのない思い出の塊」の神戸新聞会館は、甘く、切なく、ほろ苦い、青春の宝物である。

 

立ち見でしんどかった映画鑑賞

倉持 隆(西区・75歳)

半世紀前、私は垂水から京都の大学まで当時の国鉄で通っていました。まだ新快速がなかったので、片道2時間かかります。大阪を過ぎ、三宮に着くと新聞会館の北側に大きな富士山の壁画か見えると、「やっと神戸に着いた」とほっとしたものです。中に入ったのは2館あった映画館です。父に連れられて見た「チャップリンの独裁者」や友人と行った「戦国自衛隊」が記憶に残っています。両方とも立ち見でしんどかったです。

今はミント神戸のKCCに通って20年近くになります。17階から見える山と海の風景は素晴らしく、何度眺めても見飽きることはありません。

 

「南極物語」のカラフト犬に感動

 中井 廣(兵庫区・85歳)

神戸新聞会館には、複数の映画館がありました。40数年前、当時、小学校高学年だった次男とその友達を連れて「南極物語」を鑑賞したことを、思い出します。

南極観測隊が、悪天候で、置き去りにしたカラフト犬の生への闘いを描いた場面に親子共々感動したものです。このような感動を現在も持ちたいものです。

 

大作映画に魅了され、幸せな時間

藤原 まさ子(西区・76歳)

何といっても映画です。中でも「風と共に去りぬ」「ベン・ハー」「サウンド・オブ・ミュージック」などの大作を味わえたのは幸せでした。美しく壮大な作品が次々上映され楽しみに出かけたものです。20歳の頃痴漢に遭い職員の女性と二人で会館の前の坂道を追いかけたことがあります。もちろん逃げられましたが…。「戻って最初から映画を」と勧められたのですが急に怖くなってそのまま帰りました。

映画館で見た作品は今でもその大きさのまま思い出します。最近は出かけていませんが、久しぶりに幸せな時間に浸りたいと願っています。

 

思い出の16ミリ映画

桧杭 たかし(西区・89歳)

就職した会社の職場にスキーの上手な先輩がいて、神鍋スキー場に連れて行ってくれた。

民宿に一泊、夕食に珍しい郷土料理が用意されていて感動した。年末年始の休日はスキー場で過ごした。その頃新聞会館で「スキー映画の会」が開催された。16ミリ映画制作グループ「福原フィルムス」の作品です。「樹氷の八甲田山」では、初めて見るスクリーンの樹氷に圧倒された。ひなびた温泉宿の風情に心が温かくなった。信州のスキー場を撮影した作品も上映され、アルプスの山々を背景に雄大なスロープの画面に誘われ、有名なスキー場に滑りに行った。映画会は毎年開催され、いつも満員だった。

新聞会館といえば16ミリ映画を懐かしく思い出す。

 

 

【ビアガーデン】

 

地下食堂街でバイト、妻と出会い金婚式

藤井 一(加古川市・80歳)

遡ること約60年前。大学生の頃、同級生と神戸新聞会館屋上のキリンビアガーデンでアルバイトをしていました。まだ家に冷房が少ない時代で、大変忙しかったのを覚えています。その後、地下の秀味街のキリンビアホールでも働きました。そこで知り合ったのが今の妻登茂栄です。2019年には金婚式に出席し、翌日の神戸新聞に写真が掲載されました。子供や孫にも恵まれ、今も元気に過ごしています。アルバイト時代の仲間とは「キリン会」という同窓会を開き、懐かしい話で盛り上がっています。神戸新聞会館から始まった縁が、今につながっているのだと感じます。思い出はまだまだ続いています。

写真は当時の妻です。


(写真)アルバイト時代の登茂栄さん(藤井一さん提供)

 

カラオケ大会で新妻が準優勝

中尾 憲一(灘区・72歳)

昭和46年7月頃。屋上でビアガーデンの営業していました。結婚して半年後の私達夫婦で飲みに行きました。たまたま開催されていたカラオケ大会に出場し、私は予選敗退しましたが、なんと妻真弓はその日のチャンピオン。

マンスリー大会でも上位にランクイン。そして迎えた期間最後の月に行われた決勝大会に臨み、なんと優勝は逃したものの、準優勝。賞品は六甲山系にあるホテルの宿泊券をゲット。何の曲かは忘れましたが、今でもよい思い出です。

 


(写真)屋上のビアガーデンはまだ珍しくにぎわった(1963年)

 

(3)へ続く